失言:「9・11テロは米の自作自演」 藤沢中学教諭謝罪
神奈川県藤沢市石川の市立善行(ぜんぎょう)中学校(塚原喜三校長、449人)の20代の男性教諭が5月下旬の授業中、米同時多発テロ(01年9月11日)について「9・11テロは米国の自作自演」と発言していたことが分かった。生徒から聞いた関係者が市教委などに抗議し、同中は今月1日、PTA役員らを集めて謝罪した。
同中から報告を受けた市教委によると、教諭は社会科担当。5月26~29日に、2年生の4学級(145人)のそれぞれの授業でこの発言をした。授業を受けた生徒から「本当に自作自演なの」と尋ねられ、驚いた親族が「こんな授業をしていいのか」と同中や市教委に抗議し発覚した。
市教委の桑山光生学校教育課長は「教諭本人は、物事の見方は一つじゃない、と説明する例として『自作自演との説もある』と言いたかったようだ。しかし、あまりにも例が悪すぎた。厳重注意する」と話している。【永尾洋史】
2008年6月5日木曜日
No.00048 言論弾圧ではないのか
2008年1月8日火曜日
No.00044 どうせ公務員同士かばい合ったんだろう
予想通り、飲酒運転ひき逃げの犯人、元福岡市職員今林大に対して、危険運転致死傷罪は適用されなかった。(参照:No.00040 酒を飲んだら危険運転だろ)
裁判長の川口宰護は「アルコールの影響によ り、正常な運転が困難な状態にあったと認めることはできない」と判断した。
川口宰護のこの判断が正しいとすれば、酒を飲んでいても正常な運転ができていれば車の運転は問題ない、ということになる。つまり飲酒運転、酒気帯び運転という刑法罪が存在する意味がなくなる。
科学的検証によって、アルコールは運動神経を低下させ判断力を鈍らせるということが明確になっているから、酒を飲んで車を運転してはいけないのだ。酒を 飲んだら、本人がいくら「自分は正常に運転できる」と言っても、運転をさせてはいけない。それが日本国民の総意である。その総意を全く無視したのが、福岡 地方裁判所の判事である川口宰護である。
さらに問題なのは、この判決で「飲酒運転をしても『正常な運転が困難でない』のであれば、重罪にはならない」と、世のバカに誤ったメッセージを与えることである。
川口宰護は、同じ公務員である今林大に温情の判決を与えたのではないか。公務員同士かばい合う体質があるのは、過去のさまざまな例を見ても明ら かである。もしこれがヤクザ者であったら、危険運転致死傷罪を適用していたことは間違いない。もし民間企業のサラリーマンであったとしても、危険運転致死 傷罪を適用しただろう。
いったいどんな運転をすれば危険運転致死傷罪が適用されるというのだ。高裁では正常な判決が下されることを切に望む。
> 2006年8月、幼児3人が犠牲になった福岡市の飲酒運転追突事故で、危険運転致死傷罪と道交法違反(ひき逃げ)に問われた元市職員今林大(ふとし)被告(23)の判決が8日、福岡地裁であった。
川口宰護(しょうご)裁判長は「酒酔いの程度が相当大きかったと認定することはできない」と述べ、危険運転致死傷罪(最高刑懲役20年)の成立を認めず、 予備的訴因として追加された業務上過失致死傷罪(同5年)を適用、道交法違反(酒気帯び運転、ひき逃げ)と合わせて法定刑上限の懲役7年6月(求刑・懲役 25年)を言い渡した。
量刑理由について、川口裁判長は「結果の重大性、事件の悪質性にかんがみると、刑の上限をもって臨むのが相当」と述べた。
今林被告は危険運転致死傷罪で起訴され、公判で、同罪の適用要件である「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」だったかどうかが争点となった。
川口裁判長は、今林被告が運転を始めた時、「酒に酔った状態にあったことは明らか」としながらも、〈1〉スナックから事故現場まで蛇行運転や居眠り運転を せず、衝突事故も起こさなかった〈2〉事故直前、被害者の車を発見して急ブレーキをかけ、ハンドルを切った——ことなどを重視し、「アルコールの影響によ り、正常な運転が困難な状態にあったと認めることはできない」と判断した。
その上で、「景色を眺める感じで脇見をしていた」とする今林被告の供述の信用性を認め、事故の原因については「漫然と進行方向の右側を脇見したことにあった」と結論づけた。
2007年12月20日木曜日
No.00042 これでも甘い、懲役23年判決
「No.00040酒を飲んだら危険運転だろ」にも同様の事を書いた。それよりこちら尼崎の裁判官の方がまだましだったようだ。
しかし遺族関係者の声は「判決は甘い」「飲酒運転を増加させる」と厳しい批判である。
そりゃそうであろう。最高懲役30年を下す事ができるのに、23年の刑にしかしなかった。この7年は一体何なのか。では一体どの程度の危険運転なら、懲役30年の刑になるのか。三人ではダメで、十人ぐらい殺さないと、懲役30年にはならないのか。
被告が反省しているとのことであるが、これだけ重大な事故を起こしておいて、反省しない者がどこにいるのか。反省していないとすると、それは過失ではなく故意、つまり交通事故ではなく殺人事件である。
つまり国会の定めた法の最高刑が懲役30年でありながら、実際に懲役30年が下される事は事実上ないということである。これは、三権分立のルールを侵してはいまいか。
殺人罪について、一時「一人を殺しても死刑にはならない」という不文律というか慣習というものがあったようだが、これも司法が立法権を侵していると言え る。なぜなら国民の代表である国会は殺人の最高刑を死刑と定めているのである。一人でも殺せば、死刑を適用する場合があって良いのである。それを立法が かってに「一人殺しただけでは死刑にしない」などと決めるのは、明らかに立法権の侵害である。
この尼崎の件についても、ではどういう場合に危険運転致死傷罪で懲役30年になるのか、司法は明確なラインを国民に示すべきではないか。もし懲役30年という裁きを下す事例が存在しないのなら、司法による立法権の侵害である。
再び言う。酒を飲んで凶器である自動車を運転すれば、もしかしたら人を殺すかも知れないと思うのが自然である。教習所でも免許書き替え時の講習でも、そ ういう事は教育されるから、運転免許を持っている者は全員知っている事である。運転免許を持っていなくても、子供でも、当たり前にわかる事である。
つまり飲酒運転による事故は未必の故意といえる。飲酒運転で人を殺した者は、未必の故意の殺人罪で裁かれるべきである。
尼崎3人死亡事故、飲酒運転の被告に懲役23年判決 兵庫県尼崎市で6月、酒を飲んでワゴン車を運転し、歩行者をはねたうえ、タクシーに衝突して計3人を死亡させた事故で、危険運転致死罪に問われた大阪府豊中市の建設作業員宮田和弘被告(50)の判決公判が19日、神戸地裁尼崎支部であった。 渡辺壮裁判長は、有期刑上限の懲役30年の求刑に対し、「アルコールの影響で起こした極めて危険かつ悪質な犯行。反社会的で、身勝手極まりないが、反省の意思を示している」と述べ、同23年を言い渡した。 判決によると、宮田被告は6月23日午後9時半ごろ、尼崎市南塚口町の県道でワゴン車を飲酒運転して、歩行中の井上和俊さん(29)をはねて死亡させ た。さらに、約800メートル南で対向のタクシーと衝突し、運転手の岩田浩一さん(48)と乗客の松村美津子さん(68)を死亡させた。
2007年12月19日水曜日
No.00041 親の責任でしょ
新聞によると、銃を乱射して二人の尊い命を奪った犯人の馬込政義は、新車に船、散弾銃など、高価な品をたくさん購入している。犯行現場となったスポーツクラブにも、週に5日も通っていたようである。きちんと仕事をしていない馬込に、どうしてこのようなお金があったのか。
付近の住民の話では、親の退職金から出してもらっていたという。退職金かどうかはさておき、親が出していたことはほぼ間違いないだろう。37歳にもなった 息子の遊び代金、それも数百万円単位のお金を、親が出す。親が買ってやった銃で子供が殺人を犯す。これが尋常なことだろうか。
まともに働かない、働いてもすぐにやめてしまうような子供を作ったのは親である。生きて行くためには、自分の我を抑えて我慢することもどうしても必要である。それを教えるためには、自分の生きて行くためのお金は自分で稼がせる必要があったのである。
アルバイトでも何でも、真面目に働けば、生きて行けないことはない。時給800円で一所懸命働けば年間200万円ぐらいにはなる。安いアパートを探して 家賃を支払っても、130万円程度は残るだろう。もちろん車を買ったりスポーツクラブへ通ったりなどできないが、何とか食って行くことはできる。
自分を捨てて、我慢して働いてもそんなものである。それがいやなら飢え死にするしかない。そうして人は我慢することを教えられるのではないか。
生きて行くということは、並大抵のことではない。そういうことを親は子供に教えなければならない。37歳にもなった大人を子供扱いして小遣いを与えてい た親は、完全に親の責任を放棄していたと言える。金を与えて食わせることが親の責任ではない。しっかりと一人で生きられるよう、人に迷惑をかけないで生き られるよう教育するのが親の責任である。
本当に今の親はバカばかりである。産んだ産ませた以上、きちんとしつけをしなければならない。それができないのなら、そんな世間に迷惑をかけるような子供など、自分の手で首を絞めて葬らなければならない。これが親の責任というものではないのか。
親の責任とは、それほどまでに重いものだ。世の親たちはもう一度その点しっかりと考え直す必要がある。
2007年12月18日火曜日
No.00040 酒を飲んだら危険運転だろ
自動車運転教習所でも、免許の書き替え時の講習でも、飲酒運転の危険さは必ず教育される。そういう教育がされていなくても、酒を飲めば酔うことは誰でも知っていることである。全く酔わないのであれば、酒を飲む意味がない。
だから、酒を飲んで運転した時点で、重大事故という結果を招く可能性があることは、子供にでもわかる。酒を飲んで運転して事故を起こしけがをさせた者は、全て「危険運転致死傷罪」に相当するはずである。酒を飲みながら運転して、事故が予見できない訳ないだろう。
酒を飲んで運転するということは、それだけで故意の犯罪である。だから私見では、飲酒運転による事故は、全て「未必の故意」による殺人、傷害、器物損壊 罪に相当すると考える。下記の事件は、三人もの尊い命を奪っているのだから、「未必の故意」による殺人で、死刑あるいは無期懲役が相当する。
裁判官よ。やっぱりお前たちはバカだ。大バカだね。
> 危険運転罪見送りか 福岡の3児死亡事故
飲酒運転で多目的レジャー車(RV)に追突して海に転落させ3児を死亡させたとして、危険運転 致死傷罪などに問われ た元福岡市職員、今林大被告(23)について、福岡地裁(川口宰護裁判長)は18日、福岡地検に対し訴因変更を命じた。予備的訴因として業務上過失致死傷 と道交法違反(酒気帯び運転)の罪を追加する内容。地裁は危険運転の適用は困難と判断した可能性が高い。結審後の訴因変更命令は異例という。地検によると、地裁が求めてきた業務上過失致死傷罪の内容は、脇見による前方不注意だという。地検は「年内に結論を出す」としているが、応じない場合は危 険運転致死傷罪が無罪となる可能性があるため、命令には従うとみられる。事前に地裁から打診があり、遺族には既に経緯を説明しているという。
今林被告は、危険運転致死傷と道交法違反(ひき逃げ)の罪に問われ、検察側は併合罪の最高刑となる懲役25年を求刑して結審、来年1月8日に判決の予定だった。
判決で危険運転致死傷罪ではなく、業務上過失致死傷罪が適用されれば、最高刑は懲役7年6月となる。8日はいったん審理を再開する予定で、その日に判決が言い渡されるかは不明。
6月に始まった公判では「アルコールの影響により正常な運転が困難だったか否か」という危険運転の成否が最大の争点となった。弁護側は「酩酊(めいてい)状態ではなく微酔だった」と反論、業務上過失致死傷罪にとどまると主張していた。
今林被告は、昨年8月25日夜に飲酒をした後に車を運転し、福岡市東区の「海の中道大橋」で同市の会社員、大上哲央さん(34)の一家5人が乗ったRVに衝突、博多湾に転落させ、3児を水死させたとして起訴された。
2007年12月12日水曜日
No.00038 大阪府知事候補 橋下 徹
あ〜あ、やっちまったね、というのが、第一の感想である。
橋下は数々のテレビ番組や週刊誌などで、わりとまともな意 見を言っていた。「たかじんのそこまで言って委員会」でも、稚拙ながらストレートに自分の意見 を述べていたように思う。暗記バカの宮崎哲弥や、どこかの手先の三宅久之などレギュラー陣に、大分悪い方へ洗脳されつつあったが、それでもその若さから故の率直な意見は、 なかなか的確で好感が持てた。
しかしここにきて、大阪府知事に立候補すると発表した。あ〜あ、ばかだねえ。これは誰かに洗脳されたのか、それとも舞い上がって勘違いしたのか。いずれにしても、せっかくここまで這い上がったのに、またダメになってしまう。
権力とは恐ろしいものである。おそらく麻薬のようなものであろう。一旦権力にすり寄って甘い汁を吸うと、そこから二度と立ち直れない。麻薬に手を出して 得をするのは、売人、しかもその大元締めだけである。麻薬を打(ぶ)った奴は骨の髄までしゃぶられて、そして廃人になって捨てられてゆくのである。橋下も 自民党 の腹黒政治家どもに良いように使われて捨てられるだけである。あるいは自分も腹黒政治家となって生き残ってゆくのか。
それなりに面白い奴だったのに、残念だね。茶髪だったことと政治家を志したことが、彼の大きな瑕疵となったことに、いつか気づくのだろうか。
あとは彼が落選して目が覚めることを祈るばかりである。
2007年12月7日金曜日
No.00035 こちらも人権バカ?
> 生徒殴った教諭、書類送検 北九州市立中学
福岡県警戸畑署は7日、北九州市戸畑区の市立大谷中学校で授業中に2年生の男子生徒(13)を殴りけがをさせたとして、傷害容疑で男性教諭 (52)=北九州市八幡東区=を書類送検した。
調べでは、教諭は10月25日、技術・家庭科の授業中に漫画を読んでいた生徒にやめるように注意したが、 従わなかったため、顔面を平手で数回殴り、けがをさせた疑い。生徒は鼻血を出して吐き気を訴え、病院で手当てを受けた。教諭は「つい手を出してしまった。申し訳ない」と話しているという。
授業中に漫画を読んでいる。さらにそれを注意されてもその注意に従わない。それで殴られたなら当然だろう。どうして教諭が書類送検されるのか、全くわか らない。意味不明である。それとも、この記事に誤りがあるのだろうか。本当は生徒に非がないのに、先生が虫の居所が悪くて殴っただけなのだろうか。それな ら送検されて当然である。
授業中に漫画を読んでいる生徒を、先生はどうすれば良いのだろう。口で注意しても言う事を聞かない。ではどうやって漫画を止めさせるのか。誰かうまい方法があるというのなら、その方法を先生たちに教えてあげてほしいものだ。
口で注意して聞かないなら、殴られて当然だ。殴られれば鼻血ぐらい出ても不思議ではない。 当たり前の事が当たり前に行われたこの件で、いったい何が問題なのか、私にはさっぱりわからない。それとも授業中に漫画を読んでいる生徒には、何もせずに ほっておくしかないと言うのだろうか。
No.00033も大バカだが、こちらも負けず劣らず大バカだね。
【今日のバカ:授業中に指示を聞かず教師に殴られて鼻血を出して、
2007年12月5日水曜日
No.00033 人権バカ
兵庫県川西市の市立中学で10月、茶髪にした男子生徒の髪を、担任教師らが髪染めスプレーで黒く染め直していたこと が6日、わかった。生徒と保護者は人権侵害にあたるとして、市の第三者機関「子どもの人権オンブズパーソン」に申し立てたが、市教委は事実を認めたうえ で、「生徒の了解を得ており、人権侵害にあたらない」としている。
市教委によると、中間テスト初日の10月11日、校則で禁じられている茶髪で登校した 男子生徒を、教諭が注意。髪染めスプレーを持っていた別の教諭らとともに、生徒を保健室に連れて行き、スプレーで染め直した。申し立てによると、生徒は、「自身で髪を染めなさい」とする教諭の指示を拒否したところ、教諭が体を押さえつけてスプレーをかけたという。 一方、市教委は「生徒は、教諭に対して拒否せず応じており、教諭が体を押さえつけた事実もない」としている。
校則で禁じられている茶髪で登校した生徒の頭を黒スプレーで染める事のどこが人権侵害にあたるのか。ルール違反を是正する事が、人権侵害なのか。全く意味不明のことを、この生徒と保護者は言っている。バカを通り越してキチガイだね、全く。
先生がこのキチガイ生徒の体を押さえたかどうかなど、どうでも良い事だ。全く論点から外れている。そんなことを川西市教委も、いちいち弁解するな。
校則で禁じられている以上、このキチガイ生徒は髪を黒にするか学校を辞めるかどちらかの選択しかない訳で、髪を無理矢理黒に染めさせてでも学校に 置いてやろうというのは、たいへん温情的な措置ではないか。キチガイ生徒は、その事を心から感謝しなければなるまい。当然このキチガイ親も、学校に行って 「どうもありがとうございました」と平身低頭、お礼を言わなくてはならないはずだ。
こんなキチガイ生徒とキチガイ親の言う事を、市教委もまともに取り上げるな。産經新聞もこんなバカな話を記事にするな。
2007年12月1日土曜日
No.00029 商業クリスマス
まだ12月に入る前から、街はクリスマスのイルミネーションで派手派手しい。年々、クリスマスの宣伝を始める時期が早くなっているような気がする。
しかしまあ、クリスチャンでもない多くの日本人が、キリスト教のお祭りに踊らされて、飲み、喰い、買い、騒ぎ、そしてセックスにふける。当然クリスチャンならそんなばか騒ぎは出来まい。聖夜は静かにお祈りをして感謝して過ごすものだからだ。
戦後、アメリカによって白人至上、欧米礼賛という思想に洗脳された日本人は、何でも欧米のものなら「かっこいい」とでも思うのか、すぐにマネしようとする。バレンタインもそうだし、最近ではハロウィンなんてのも入ってきて、それを流行の先端だと思っているようである。
最近少しはそのバカさ加減に気づいたのか、茶髪の度合いがましになったように感じる。髪を染めるのがおしゃれだというのなら、赤や青や紫、オレンジなど など、様々な色に染めてみろ、というのだ。どうして金茶にしかしないのか。安直に「赤や青は似合わない」「茶色が素敵だ」などと言うなよ。どうして「赤や 青は似合わない」「茶色が素敵だ」などと思うのか、その理由を良く考えてみなさい。結局は白人のブロンドに憧れてのことだろう。そういう風に洗脳されてい るのだ。
「自分は洗脳されていない」などと言うな。カルト宗教に洗脳された信者も「自分は洗脳などされていない」と言うではないか。洗脳されている間は、自分が洗脳されている事に気づかないのだ。
いい加減、自分が洗脳されて、商業主義の中にうまく組み入れられて、思うがままに金を吐き出させられている、と気づかなくてはならない。それに気づかな い以上、江戸時代の農民と同じ、永遠に搾取され続けるのだ。そういうと江戸時代の農民に失礼かも知れない。彼らは現代の商業奴隷たちより、ずっと知恵も あったし、問題意識も持っていただろう。
「だって楽しいからいいじゃない」そう思っている者は永遠にそう思って、永遠に奴隷であり続ければいいさ。
2007年11月27日火曜日
No.00025 うんこは持ち帰りなさい
道を歩いていると、犬のうんこがそこかしこに落ちている。今日日、野良犬はいないから、これらは全て飼い犬の残したうんこだろう。
犬は自分で持ち帰れないから、そこにうんこを放置しているのは飼い主である。人間がうんこを道端に放置しているのである。
それから、飼い犬をリード(首輪とひも)でつながずに、放して自由に歩かせている飼い主もいる。「うちの犬は迷惑をかけないから」とでも言うのか。犬嫌 いの人、犬に恐怖感を持っている人は、リードにつながれていても嫌なものである。ましてリードにつながれていない犬など、大迷惑であろう。万が一咬んだら どうするのか。絶対に咬まない保証があるとでもいうのか。
犬の飼い主よ。良識を持ちなさい。
2007年11月20日火曜日
No.00020 ミシュランの騒ぎを見て 2
前記No.00019「ミシュランの騒ぎを見て」だけでは説明があまりにも不親切なので、少し追記しておく。
ミシュランのガイドブックで星をもらう事がどうして大きな話題になるのか、私には理解できない。
ミシュランの調査員がどれだけ「食」に関しての造詣が深いか、つまりどれだけ舌が肥えているか誰にも判らない。だって、調査員の氏名、素性は、一切明らかにされていないんだろう? どこの馬の骨か判らない連中のそんな判定を、よくも信じられるものだ。
調査員の氏名が明らかにされれば、「ああ、食通のあの人が調査しているのなら、その評価は正しいだろう」とか「あのいい加減な評論家の評価なら、信用す るに足りないね」などと消費者は判断できる。しかし一体誰が調査したのか全くわらかないミシュランの判定など、信じられるものか。
百歩譲って、ミシュランの調査員は、とても質の高い、食に関しての造詣が深い、味覚の良く判る素晴らしい人物だとしよう。それでも、日本の文化である和食が、外国人に理解できるのか。日本料理の繊細な味が外国人に判るのか。
もしフランス料理を日本人がランク付けしたら、フランス人はどう思うか。「お前たち日本人にフランス料理の味など判るものか。」と言うに違いない。事 実、その文化に生まれ、その文化にどっぷりと浸って育っていない人間に、その文化の本質は見えないだろう。「日本人にフランス料理の味など判るものか」と いうフランス人の意見は正しい。
同じく、日本料理がフランス人などに理解できる訳がない。 あの白身魚の微妙で繊細な味など、フランス人 に判るはずがない。もちろんおいしい料理というも のが文化に存在しないイギリス人や、文化としての料理そのものが存在しない(あえて言えばハンバーガーか 笑)アメリカ人には、0.1%も判らないだろ う。フランス人なら、ヨーロッパ人の中でも少しはましだろうが、それでも日本料理の神髄など判るはずもない。
「日本人も判定に加わって いるから、このランク付けは信頼できる」などと言うな。覆面調査なのに、どうしてそこに日本人が加わっていると断言できるの だ。氏名も素性も公表されていない者の言う事など、一切信用できない。仮に日本人だとしても、どんな日本人か判らない。さらに言えば、本当は調査すらして いないかも知れないではないか。どうしてそんな状況で、信頼のおける調査がなされたと言えるのか。
フランス料理のランク付けなら、まだミシュランのやっている事もわからないではない。でも、日本料理をフランスの会社が格付けするか?そんなこと出来るのか?
ミシュランよ。京都の料亭にランク付 け出来るか? 京都の和食界の奥の深さを知ったら、とても恐ろしくて、自分たちの能力の低さを恥じて、ランク付けなどできないはずだ。だいたい、東京 の日本料理など、京都の料理人に言わせれば、全然格が違う。段違いに低いのだ。関東は水が悪い(硬水)ので、繊細な日本料理に合う出汁がとれない。東京で 旨いと言われる蕎麦屋も何軒か回ったが、麺の味はともかく、汁の味は全くダメ、ダメ、ダメ。合格最低ラインにさえ到達していない。
ミシュランよ。京都にある本当の料亭は、「一見さんお断り」だぞ。信用のあるお客さんの紹介がなければ店に入れない。さあ、どうやって「覆面調査」をするのだ。できるものならやってみろ。笑い者になるだけだ。
もし京都の料亭にランク付けをしたら、「えらい申し訳おへんけど、うちはまだまだそんな評価もらえるほどの料亭やおへんし、三つ星は遠慮させてもらいます。ガイドブックに載せるのも、すんまへんけどお断りします」などという料亭が出てくるのではないか。裏では「フランス人ごときに、京料理のほんまもんが わかるわけあらしまへんがな」と舌を出している事だろう。
まあ、ミシュランは自分の勝手で、自分の勝手なランク付けを発表しているだけだから、それについてミシュランにどうこう言えるものではない。私が私の勝手で、私の思う優秀なレストランを発表するのと全く同じだからだ。
バカなのは、何でも欧米人の言う事は正しいと信じて、大騒ぎをしている日本人である。全くもって日本人は白人と権威に弱い。
かのガイドブックを見て三つ星の日本料理店に行く奴も行く奴だが、三つ星をもらって喜んでいる日本料理店も日本料理店である。お前たちには日本文化を背負っているという気概はないのか。
2007年11月19日月曜日
2007年11月16日金曜日
No.00017 解決法は至極簡単!
> アリコに業務改善命令、パンフで誤解させ2万人余?加入
金融庁は16日、がん保険などのパンフレットに多数の誤りがありながら営業を続けていたとして、外資系生命保険大手アリコジャパンに対し、保険業法に基づく業務改善命令を出したと発表した。
内容を誤解したまま医療保険やがん保険に加入した契約者が延べ28353人に上る可能性がある。
同庁は「虚偽隠ぺいの意図は見られなかったが、経営管理体制に問題がある」として、12月17日までに役職員の責任を明確にすることや再発防止策を報告するよう求めた。
アリコが過去5年間に発売した通販用保険172商品のうち、医療保険を中心とする23商品のパンフレットに31件の誤表示があったという。加入前の病気 の再発だけが保障対象なのに、けがの再発まで保障すると誤記載した例や、給付金額や加入制限年齢の誤りなどがあった。新聞広告にも誤表示があった。金融庁 は、保険業法で禁じられている虚偽表示や誤解を招く表示に当たると判断した。
金融庁は16日、他社でも同様の誤表示が発生している可能性があるとして、個人向け業務を行う生損保84社に、分かりやすく正確な募集資料を作る体制を整えるよう要請した。
解決は、誤表示であろうがなかろうが、消費者(契約者)の有利なように処理する事を、政府が保険会社に命令すれば良いだけである。
一般の契約者は、パンフレットに書かれている事や営業マンの言う事を判断基準として契約するのだから、当然、契約書や約款より、パンフレットや営業マンの言った事の方が重いはずである。
虫眼鏡で見ないと読めないような小さな字で書いてある約款を、誰が読むものか。第一、契約が完了するまで、約款をもらえないではないか。もし約款に書かれている事が法的な判断基準になるとするなら、契約の前に約款を消費者に渡すべきであろう。それで「この約款の内容で宜しければご契約下さい」となるのが、正しい順序である。
さらに言うと、例えば家を買うとき、不動産会社は契約内容などを購入者に書面で渡し(重要事項説明書)、さらに口頭でその全文を読んで購入者に説明をし なければならない(購入者の質問には答えなくてはならない)。説明を受けた購入者は、理解した事を印鑑で確認証明しなければならない。
保険も不動産と同じように、保険金の支払いについてなど、口頭で説明する責任を負わせるべきではないか。これは行政の責任である。
パンフレットに「> けがの再発まで保障すると誤記載」してあるのなら、保険会社に「けがの再発まで保障」させれば良いのだ。パンフレットを見て契約した消費者は「けがの再発まで保障」 されると考えて契約したのだから、パンフレットの通りに保障するようにさせれば良いだけである。
こんな簡単な解決策を、なぜ政府は思いつかないのか。やっぱり役人はバカだとしか言いようがない。
2007年11月15日木曜日
No.00016 ロッキード事件そっくり
これって、ロッキード事件そっくりではないか。アメリカからの武器調達に関わる贈収賄で、日本の実力者が堕される。
反米の久間元防衛相が堕ちる。守屋前防衛事務次官が堕ちて、守屋と対立していた従米の小池百合子元防衛相が笑う。
実際のところはどうなのか。大手のメディアは、正義面してスケープゴートを叩くなどという下品な事はやめて、真実を伝えたらどうなのか。マスゴミと言われないためにも。
> 守屋前次官、接待の席に「久間氏と額賀氏」 喚問で言及
2007年11月15日17時06分 asahi.com
防衛省の守屋武昌・前事務次官(63)の2度目となる証人喚問が15日午後、参院外交防衛委員会で行われた。守屋前次官は、山田洋行元専務の宮崎元伸容 疑者(69)の飲食接待の場に政治家が同席していたとされる問題で「久間(章生)先生と額賀(福志郎)先生じゃなかったかと思う」と述べ、2人の防衛庁長 官経験者の名前を挙げた。航空自衛隊の次期輸送機(CX)エンジンに関する装備審査会議の段階で、軍需専門商社「山田洋行」が米ゼネラル・エレクトリック の代理店だったことについては「そのような記憶は一切ない」と述べ、当時、認識があったのではないかとされる点を改めて否定した。退職金を返納する意向も 明らかにした。
冒頭、北沢俊美委員長(民主)が、前回の喚問で、自ら議長を務めた03年8月の「装備審査会議」の時点で、CXのエン ジンに採用された米ゼネラル・エレ クトリック社の代理店が山田洋行であることを知らなかった、と証言をしたことについて、改めて「当時の認識としてそのような記憶は一切ございません」と答 えた。
また、CXエンジンの選定をめぐって守屋前次官が「随意契約にならないのはおかしい」と発言したかどうかを問われると、「そういう発言をしたことは記憶にない」と述べた。
前回の喚問で、山田洋行の接待の場に防衛庁長官経験者の政治家が同席していたと述べたことをめぐって、委員長はその場での話の内容や名前を質問。守屋前 次官は「宮崎元専務が同席したという前提で話しており、元専務に確認しないで軽々に申し上げられない」と繰り返したが、その後、「久間先生と額賀先生では なかったかと思う」と明かした。
証人喚問は北沢委員長の冒頭質問の後に、犬塚直史、浅尾慶一郎(ともに民主)、山本一太(自民)、浜田昌良(公明)、井上哲士(共産)、山内徳信(社民)の各委員が質問した。
前回の証人喚問で守屋前次官は、200回を超えるゴルフや飲食接待を受けたことは認めたが、CXエンジン調達など装備品調達に絡む、宮崎元専務や山田洋行への見返りや口利きは一切否定した。
2007年11月12日月曜日
No.00014 おバカはおバカ
もう10年ぐらい前から、道ばたで立って、あるいは歩きながら飲み食いしているバカがいる。最近は飲み食いに加えて携帯をかけている。片手にパンで片手に携帯。
先日30代ぐらいの男が、カップ麺を食べながら歩いていた。ちゃんと箸で喰っていたぞ。
電車の中で、昼間からキスしている若い男女がいた。「ここは公共の場所だからやめなさい」というと、男はふくれっ面、女は奇妙な照れ笑いをしていた。
同じく電車の中で、靴下を履き替えている女子高生がいた。
同じく電車の中で、靴を履いたままの子供を座席に立たせている母親がいた。
オフィスビルの階段で、制服のスカートのまま男にまたがっていちゃついている男女高校生がいた。
河原に毎日新しい犬の糞がたくさん。犬に糞をさせて持ち帰らない飼い主がいる。リードをつけないで放している飼い主がいる。
外来の動物をペットとして買って、飽きたら公園に放す者がいる。湖に外来魚を放流する者がいる。
2007年11月11日日曜日
No.00013 純粋酸素の謎
アポロ1号の船内は100%の純粋酸素で満たされていた。マーキュリー計画やジェミニ計画でも同様に純粋酸素を利用していたらしい。怪しいWikipediaにもそう書いてあるが、私は別の本でも読んだ事がある。
しかし、純粋酸素を人間が吸入して大丈夫なものなのだろうか。例えば高濃度の酸素を吸入するとCO2ナルコーシスという症状によって意識障害を起こす可能性があるという。他にも高濃度酸素の人間に与える害について、医師から聞いた事がある。
100%の純粋酸素で満たされている有人宇宙飛行船で、果たして人間は安全に行動できるのか、私は以前からずっと気になっている。
本当に人類は月面に着陸したのか。「トンデモ」などという品のない造語を使わずに、誰か明らかにしてほしい。
(参考:「人類の月面着陸はなかったろう論」副島隆彦)
2007年11月10日土曜日
No.00012 退部じゃなくて退学でしょ
関東学院大ラグビー部員2人が大麻取締法違反の疑いで逮捕されたが、その処分が世間の批判を浴びて一転した。
>関東学院大ラグビー部員2人が大麻取締法違反(栽培)の疑いで逮捕された事件で、同大は9日夜、来年3月末まで同部の対外試合を自粛すると発表し た。4日に関東大学リーグ戦で11度目の優勝を決めたが、これを返上。逮捕された2人は9日付で退部とした。同大は午前の記者会見でいったんは対外試合を 続ける意向を表明したが、処分の撤回を迫られた。横浜市金沢区の同大キャンパスで9日夜開かれた会見で、内藤幸穂理事長は冒頭、「世間の考えを忖度(そんたく)し、最終的な答えを出した」と改めて謝罪した。
春口広監督の処分については、生活指導は続けるものの3カ月間ラグビー指導を自粛させるとした。春口監督は「(復帰は)3カ月後の状況を判断して決める」とした。
ラグビー部に対しての処分について。真面目に生きてきた部員たちには気の毒だが、スポーツという性質上、その処分は仕方ないかも知れない。
問題は罪を犯した者に対する処分である。「退部」処分でいいのか。一般常識で判断すると、これは刑法犯なのだから、有罪が決定した時点で「退学」処分は免 れない。「退部」処分だけで済ますのなら、それは甘すぎるとしか言いようがない。大学がどういう処分を下すのか見物である。
ルール違反がどういう結果を招くのかという事をしっかり理解しておかなかったぼくちゃんたちには、いい薬になっただろう。ここで甘い処分をする事は彼らを勘違いさせ、さらにおバカにすることになる。
本気で子供を育てようと思うのなら、厳しい鞭も必要だという事を、大人は知るべきではないか。
2007年11月7日水曜日
No.00010 レポーターは何者?
様々な謝罪会見で、もちろん謝罪しなければならないような事をした方が悪いのであるが、まるで自分が無謬の存在であるかのように、最低限の礼儀もなしに見下ろしたような、偉そうな口のききかたで質問する取材記者。
と思えば今日、亀田興毅が練習を再開したとかそんなどうでも良い事で取材に行ったレポーター。敬語も知らない20歳の若造の興毅がため口で話すのに対して、年上のレポーターたちが敬語で話す。
レポーター(取材記者)って、アホですか?
「No.00005 マスメディアの醜さ」で述べた通り、TV各局は、まだ商品価値があると見た亀田に「どうかうちと契約して下さい」と手をモミモミ、頭ペコペコ下げて、媚び諂っているのだ。
そろいもそろってアホが雁首並べた映像を、公共の電波を使って全国に流すな!子供の道徳教育に悪いし、第一資源の無駄遣いである。
No.00009 テレビに煽られるバカ
最近、携帯電話をかけながらしたり顔に歩いている女がいる。ちょっとあごを引いて、ちょっとモデル風に、気取りながら歩いている。
今日もコンビニで、レジ待ちの時にまで腰に手を当て、小首を傾げ、片足の踵を少し浮かして、携帯の画面に見入っている女がいた。
「気取っている」というのは、あまりにも上品な表現かも知れない。京都の悪い言葉なら「いちびっている」と言う。関東なら「すかしている」か。昔なら「にやけた野郎だ」などと言った。
なぜこんな気取った電話の掛け方をする女が増えたのか。どこかであの頭の悪そうな彼女らと同じ電話の掛け方、仕草を見た事がある。そうだ、CMだ。ナン シー・シナトラのシュガータウンを背景にして、何とかという頭の悪そうなアメリカの女優が携帯電話をかけながら気取って歩いている。
キティちゃんにも同じように、携帯をかけながら気取って歩かせているCMも流れているようだ。
アイデンティティの確立していない子供は、すぐに人のマネをする、したがる。団塊の世代(私は団壊の世代と名付ける。数の多さを背景に、集団でよってたかって日本を壊したか らだ)は、戦後アメリカの洗脳政策によって、自分で考えて行動するという能力を持たなかった。そして子供にもきちんとしつけができなかった。だから本当は 大人になっていなければならない団壊世代(60代)と団壊ジュニア世代(30代)と、本当に子供である現在の10代が、テレビのマネをして、携帯を片手に シャナリシャナリと自分ではかっこ良いつもりで歩いている。10代の子供は本当に子供なのだから仕方のない一面はあるが、大人のくせにそういう子供のよう なことをする団壊世代と団壊ジュニア世代は只 のバカだ。
女は男に比べて人に左右されやすい(流行を追っかけやすい)性質がある。だか ら、そういうバカは大概女である。男は多くはそ ういう軽薄なテレビの洗脳や 流行に左右されにくい傾向がある。だから茶髪でも、女の茶髪は比較的寛容に見られていたが、男の茶髪はまともな人間には見てもらえない。男の茶髪の営業マ ンが来たら、茶髪だけで信用できないし、絶対のそこの商品は買わない。男が茶髪をしていたり、携帯を片手にカッコつけて歩いていたら、そいつは真性のバカだ。どうにも救いようがない。
2007年10月28日日曜日
No.00006 ゆとり教育 中教審が異例の反省
> 「授業減らしすぎた」中教審が異例の反省
次の学習指導要領を審議している中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)が、近く公表する中間報告「審議のまとめ」の中で、現行の指導要領による「ゆとり教育」が行き詰まった原因を分析し、「授業時間を減らしすぎた」などと反省点を列挙することがわかった。
〈中略〉
同省はこれまで、「運用面で問題があったが、ゆとり教育の理念は間違えていない」などとし、明確な反省を示してこなかった。(2007年10月28日3時0分 読売新聞 YOMIURI ONLINE)
