巷にはどうにもバカが多いようで、日本語として通用しない日本語が氾濫している。かつてバカはバカらしく「バカな自分が言葉を造ってはいけない」と謙虚にしていたものが、今はバカが自分がバカだと言う事に気づかず、どんどん訳の分からない日本語を造っている。
これから何回に渡るかわからないが、意味の分からない日本語を糾弾してゆく。
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「無洗米」これを字のまま理解すると「洗っていない米」という意味になる。本当は「洗わなくても良い」という意味にしたかったのだろう。しかし 「無洗米」なら「洗っていない米」という意味になる。もし「洗わなくても良い」としたいのならば、「洗わなくても良い」=「洗う必要がない」だから「不要 洗米」とならなければならない。
否定を表す「無」は、一般に名詞の頭につく言葉である。「無線」「無人」「無効」などである。動詞の意味を持つ漢字につく場合も、動詞ではなく名詞として否定する。例:無断=断り(名詞)無し。だから「無洗米」は「洗い無しの米」となる。
「無洗米」を考えた者は言語感覚が全く不足している。まともな言語感覚のある者なら「無洗米」など気持ち悪くて仕方がない。「ら抜き言葉」が気持ち悪くない輩と同類である。
【今日のバカ:全国無洗米協会】
