C型肝炎訴訟で、和解にしろ結審にしろ、国がその責任を負わねばならないことは、ほぼ決定的となった。様々な問題が起こるたびに、国はシラを切り、最後には責任を負う事を認めざるを得なくなる。
で、国が責任を負うって、どういう事?
C型肝炎問題については、被害者の肝炎にかかって苦しんだ時間を元に戻す事もできないし、ましてや亡くなった人を生き返らせる事などできない。従って、責任を負うとは、謝罪する事と金銭で補償する事の2点になる。
責任のある者が謝罪するのは当然だし、被害者が納得するまで謝罪すれば良い。しかし金銭の補償は誰がするのか。
国が損害賠償や慰謝料を支払うお金は、国民の税金である。つまり国が責任を負うとは、国民が責任を負うと同義なのである。
被害者が国民で、責任を負う者(加害者)も国民? そんなバカな話があるのか。これは言い換えれば、誰も責任を取っていないということである。国民(の一部)が被った害を、国民全部の善意でまかなっているに他ならない。誰も責任を取っていないのと同義である。
責任は「田辺三菱(=三菱ウェルファーマ=ミドリ十字)」および「厚生労働省(=旧厚生省)の役人」にあるのである。だから彼らが責任を負うのが本筋ではないか。
C型肝炎の害を引き起こした当時のミドリ十字社員と厚生省の役人が、先ず責任を負うべきだ。つまり、当時の責任者が平身低頭、土下座して被害者に謝罪をし、そして被害者の救済に充てる費用を自腹で出すべきだ。
製薬会社社員も役人も、高給取りである。平均以上の金持ちである。責任を負わねばならない者が悠々自適、楽して暮らして、苦しみは被害者と一般国民に押し付けるなど、許されて良いのだろうか。
ミドリ十字社員も厚生労働省の役人も、先ずは貯金をはたいて、屋敷土地を売り払って、被害者の救済に充てるべきである。そこまでするならば、補償の足らない分は、国民全員が少しずつ負担しようではないか。それならば私は喜んで税金を納めよう。被害者が苦しみ、喘ぎ、もがいているというのに、奴らが一切責任を取らず、巨額の退職金をも らってのうのうと生きていることを許していいのか。
役人に金銭的な責任を取らせる制度(法律)がないなどと言うな。No.00002で述べたように、国家は国民の総意で運営される。国民が「役人に責任を取らせろ」と言えば取らさなければならない筈だ。
【今日の人非人:ミドリ十字社員 厚生(労働)省役人】
